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ベルリンのコントラバス奏者高橋徹のBlog


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Tränenpalast 涙の宮殿

Tränenpalast  涙の宮殿_c0180686_17484537.jpg
フィリードリヒ通り駅前のガラス張りのTränenpalast、壁が構築された翌年の1962年に建てられました。壁が崩壊してこの秋で26年、統一後、イベント会場として貸し出されプリンスなどのコンサート、クラブ、パーティー、オークションなどに使われたこの「涙の宮殿が」本来の国境検問所として再現されてるのは知っていました。2回傍を通ったので寄ったのが、月曜の休館日と閉館後で中には入れず、先日来伯したR君たちと散歩の途中で、やっと中に入れました。
上の写真、今でも空港のパスポートコントロールに「EU市民」「それ以外の国」などど記されてますが、書いてあるのは上から「出国、以下の市民、、」「ドイツ連邦共和国(西ドイツ)」「西ベルリン」「外国人」つまり東独国民以外、という意味です。
Tränenpalast  涙の宮殿_c0180686_17472799.jpg
名前の由来は、東独に入ることができた西の市民である家族や友人と、この国境で別れる場所だったからです。
僕も80年に西ベルリンに留学して9年間、壁のあった時代を経験していますから、この検問所を何度も通りました。
当時のベルリン、東西合わせてSバーン(地上を走る、JRのような電車)は東の運営で、西側も走ってました。地下鉄は西ベルリン内は全て西の運営で、東ベルリンの下を走るU6とU8は、これも西の運営でした。U8は通過するだけ、アレキサンダー広場駅もどこにも止まらず、ホームは閉鎖されていました。
U6はこのフリードリヒ通り駅を通ります。今ではKonzerthausやラファイエット最寄りのFranzösiche通り駅とか、周りも賑わっていますが、フリードリヒ通り駅以外の東ベルリン内のU6駅は道からの入り口は閉鎖され、ホームも立ち入り禁止になってました。その地下鉄に乗ると、薄暗いホームを通ります。ホームに一人、また一人と国境警備兵が立ってる姿を覚えています。こちらからは暗くて見えにくいけれど、ホームからは明るい車内はよく見えたことでしょう。
話が脱線しますが、87年にKONZERTHAUSが再建されオープンした時、マエストロA.ドラティとバルトークの「青髭公の城」で東独ツアーがありました。杮落としのシリーズでしたが、そのツアーでマグデブルクへ。医学生のコントラバス奏者と知り合い、彼の家に遊びに行ったことがあります。今思うと、秘密警察にきっとマークされてたんだろうな。何人かの友人が来ていていろんな話をしたと思いますが、その時に兵役の話になって(全員、兵役義務があります)一人は国境警備隊に志願していたと話しました。「え、なんで?」と問えば、ソ連の手下で人殺しすることになるかもしれない軍より、射撃の腕はかなり良かったので志願したんだそうです。でも、もしもの時は逃げようとする人を撃たなきゃならないでしょ?と言うと、射撃の腕は良かったから、疑われずに少し外して撃ちまくって、逃がすことができるから!と言ってました。そういう機会はなかったそうですが、それで国境警備隊に志願した、そういう兵士もきっと多かったんだろうな。
日本の戦時中、また今の紛争地区、そして冷戦時代。「おかしい」と思った「個人」はきっと多く、そしてでも国家の一員としてできることを全うしたのでしょう。その場、その時で自分に問いかけ最善を尽くすこと、大事ですね。
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中に入ると、周りに展示がある以外は、中央の検問施設は、当時のままに再現されていました。
Tränenpalast  涙の宮殿_c0180686_17482397.jpg
動画を見つけました、これは英語も表記され、旧東独国民のインタビューと中の様子がよく分かる映像です。


こちらは展示開始前日のニュース。ドイツ語だけですが、政治犯として亡命し、3年後に東独に残した家族をここで迎えた(当時、申請すれば、可能でした。西ドイツは予算を組んで、東独市民を代価を払い西に招く活動をしていました)






Tränenpalast  涙の宮殿_c0180686_17481779.jpg
R君がいるのが東側、僕は駅から地下通路を抜けて、この建物に入ったあたりから撮ってます。
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両方のドアが閉まった状態で、右のガラスの向こうにいる係員にパスポートを提示します。上には鏡。
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東から(街から)検問所を通ると、この先が駅。今となっては普通の駅になってるので(地下鉄もたくさんの人に利用されてる)当時の長い地下通路がどこにあったのか、思い出せません。
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この写真の奥の扉から通路、そして西ベルリンに向かう地下鉄のホームに続きます。東独市民は、もちろん入れないエリアです。
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僕も、R君のパパみたいに東で買い物するために多くのお金を持ってたりしてたわけじゃないのに、やはり毎回、西から来ての入国と出国時には、かなり緊張しました。一番怖い難癖は、スパイ容疑でした。ハンブルクから車で来たホルン奏者の方、夕方に拙宅に来る予定なのに来ない。かなり遅れて到着、訊けば西ベルリンに入るアウトバーンを見過ごし気づいたら東ベルリンにいて、そこから西には入れず、スパイ容疑で取り調べを受けたそうです。まあ、たいしたことなく罰金で済んでチャーリー検問所から西ベルリンに入り拙宅に来ましたが、運悪ければ全く別の結果もありました。
今思うと、しょっちゅう車で東ベルリンに入っていたKBのO西さんは勇気があったというか無謀だったというか、僕にはできませんでした。
チェックポイントチャーリーからフリードリヒ通りを歩くか、この駅まで地下鉄で来て涙の宮殿を通るかが僕らが東ベルリンに入れる方法でした。東独には入れない(別の手続きが要る)1日有効の滞在許可、だから昼間は散歩や楽譜屋などで買い物、夜はオペラ。でもワグナーなどの長い演目のあと、余韻に浸ってるとシンデレラのごとく0時に間に合うために、真っ暗だった道を急ぐことになります。
そう、東ベルリンは真っ暗でした。
アンペルマン社長のマルコスが、初めて東を訪れたとき、夕暮れ時に灰色で暗い街にアンペルマンの緑と赤だけが光っていて、その愛らしい形が印象に残ったそうですが、薄暗い明かり以外に色のついた光はなく、街角のコンクリートの箱にスリットがあり、中を覗いたら警官と目があって驚いた!ことを今、書きながら思い出しました。

1989年に壁が開くなんて、全く想像もしなかった、
あれから四半世紀、ですね。
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by Toruberlin | 2015-08-09 09:03 | 昔の話 | Comments(0)