ベルリンのコントラバス奏者高橋徹のBlog


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カテゴリ:音楽の話( 514 )

Ensemble United Berlin

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おはようございます。太陽燦々の水曜の朝です。
さっきまで気温は氷点下でしたが、これだけ陽光が強ければ昼は外歩きも気持ち良いか?!コンチェルトハウスで昼過ぎまでGP、本番は20時からOtto-Werner-Saalです。カンマーザールの反対側、最上階。大ホールの天井あたりの左右に小ホールが2つあります。
今回てっきりカンマーザールと思っていたら、昔のOPS(オケリハホール)が改装されて現代曲にふさわしいホールとなりUnitedの本拠地となってます。歴史あるコンチェルトハウスのホールが現代曲のメッカの一つ(最近できたP.ブーレズホールも、それに近いです)というのも面白い。
コンサートテーマはブレクシット。EUからの英連邦離脱、最終的に無くなると良いけれど、、、。
作品は全て英国製、面白いです。弾くのはもちろん、個人的にはGrimeとSimpsonはかなり(聴いても)面白いと思います。
前半の二曲は、現代曲って感じ。メンバーは良いので、見ていて面白いのは間違いないです。
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日曜からのリハ二日はマウワーパーク傍の、これまた面白い建物。Wacheというくらいだから、今は隣にある警察署の建物だったようです。そう言えば、壁崩壊後はたしかここが警察だった気がします。マウワーパークのスタジアム真ん前、東側の壁最前線署だったようです。
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by Toruberlin | 2019-03-20 08:30 | 音楽の話 | Trackback | Comments(0)

Maestro M.ギーレン

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1980年11月にベルリンに来て、翌年夏にRias放送ユースオケのオーディションにドラゴネッティのAndante e Rondoを弾いて合格し、1981年12月に創立50周年記念コンサートで60人の団員に、それ以上の西ベルリンのオーケストラで弾いてたOB/OGが加わってのコンサートがオーケストラ初舞台でした。場所はフィルハーモニー、フルートのK.H.ツェラー氏が3番とかに座ってらした。KBは団員6名にOBが+10名、ベルリンフィル、DSOとドイチェオーパーから10名加わってのKB16人でのマイスタージンガーと火の鳥が、僕の最初のオーケストラコンサートでした。それまで日本ではオーケストラも室内楽も未経験でした。
84年にベルリンフィルでプロコフィエフの5番がプロオケ初舞台だったんですが、それと同等かそれよりも実りあったのが1983年春に入団したJungeDuetscheフィルでした。Witt先生も、ドイツでベルリンフィルの次のオケ、とトレーナーに来て仰ってましたが、当時のユンゲドイチェはマゼール、ベルティーニ、ドラティ、アルブレヒト、etc.のマエストロに恵まれ、カラヤンとバーンスタインも指揮したいと仰ったくらいでした(しかし実現はしませんでした、残念ながら)。
春と夏の休み期間にケルン郊外のリントラー城とベルリンに集まって練習しコンサートツアーをしてましたが、僕は13回連続出演、たぶんまだフランクフルト歌劇場のM.K.と13回は最多参加記録保持者のはずです。
プロオケで接するマエストロと違い、自分のオケでもあるユースオケで長い時間を共有するマエストロとは身近に接する機会も多く、ありがたかった。
特にG.ベルティーニ、D.シャロン、すでに鬼籍に入ってる両マエストロとは思い出が多いですが、もう一人、このツアーで食事の席もご一緒できたマエストロ M.ギーレン氏が3/9に他界なさったそうです。
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この写真はストックホルム・コンサートホールでの本番後で。ホテルでのテーブル写真などもあったのですが、発見できませんでした。奥様も素敵な方で、いつもご一緒でした。
31年前。1988年の春の写真です。
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そのストックホルム「コンサートフーゼット」前で、これはGP前だったと思います。この頃はパイプを離しませんでした。
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by Toruberlin | 2019-03-11 08:08 | 音楽の話 | Trackback | Comments(0)

のぶくんinBerlin

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by Toruberlin | 2019-02-26 23:53 | 音楽の話

現代曲 Ensemble United Berlin

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3/20にKonzerthausのカンマーザールで行われるコンサートのリハが2/14にありました。この初合わせは弦だけでした。
Brexitって言葉は日本では一般的じゃない?BrittenとExitをかけた3月末に予定されてる英国のEU離脱に合わせたBrexit、本当に起こるの?コンサート。全て英国の作曲家の現代作品です。
DSOなどの現代曲シリーズでずっと初演も含む現代曲は弾いてきましたが、現代曲アンサンブルは久方ぶりです。
避けてきたわけでもないんですが、80年代半ばくらいから10年くらいは実に頻繁に出演してました。壁崩壊後にKammerensembleNeueMusikBerlinも盛んだったし、BerlinerKammeroperや固定アンサンブル以外でも多くの出番がありました。グスティと1年以上RiviniusQuintettで演奏したF.Hummelの「青髭」も初演でした。
DSOやKammerphilharmonieが忙しくなって仕事を受けなくなって自然消滅+僕の興味も薄れたのも、その理由と思いますが途中ピリオド楽器アンサンブルもやったし、20年以上ご無沙汰でした。
ベルリン国立歌劇場/シュターツカペレの昨シーズン最後のオペラTiVedoに出演した時に隣で弾いたマティアス、彼とは20年以上前にB.A.Zimmermannのコントラバス4本のソロ曲で共演してたのが判明しましたが、その時はそれ以来の再会でした。
現代曲一筋で、逆にMozartなどとは無縁の彼、夏以降に頻繁に仕事に誘ってくれました。かなり活躍してる彼、世界中を飛び回ってます。日本滞在中で2回続けて受けられなかったんですが3/20のUnitedBerlinは出演することにしました。
楽譜はそこまで難解じゃないけれど、最初のリハはドキドキでした。曲を知らない+誰が一緒に弾くか知らない。
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by Toruberlin | 2019-02-17 23:57 | 音楽の話 | Trackback | Comments(0)

三つ子の魂百まで

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伊達の御大が「岩魚が呼んだ」日記をメールで送ってくださったおかげで、その翌日の日記「三つ子の魂百まで」に目を通しました。
仕事に関わるか否か、はありますが大きな意味で人生の全てが関わり合っていると考えれば、今の蓄音機や時計、カメラに楽器や弓も同じことかもしれません。情報を集めてまとめるのも、考えをまとめるのも、しなければならないと思ってるし好きです。
それは、この頃の車を並べた姿と変わらないのかもしれません。
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こんなに雪が降った冬、1960年代の東京にもありました。
MacBookに写真フォルダ「昔の写真」がいくつかあります。その中から何枚かご覧に入れます。
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リアス放送学生オケからユンゲドイチェフィルに日本人で初めて入団、ベルリンでリハした1983年夏、今もあるBleibtreu通りのZillemarktにて。この頃、紙巻きは嫌いでしたがパイプは愛用してました。
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by Toruberlin | 2019-02-07 16:59 | 音楽の話 | Trackback | Comments(0)

ヴァイオリニスト諏訪根自子さん

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1920年生まれ、諏訪根自子さんというヴァイオリニストがいました。1943年2月、宣伝相ゲッベルスに1722年製のストラドを贈られる。
1943年10月、ブラームスのヴァイオリン協奏曲を巨匠クナップパーツブッシュ指揮のベルリンフィルとペルリン(昔のフィルハーモニー!)で共演した天才美少女でした。
まずはこの素晴らしい「タイスの瞑想」をご存知なければ聴いてください。



写真も多く載せられてますね。

オークション(ヤフオク)に前代未聞、8億8千万円の1692年製ストラディヴァリが出品!のニュースから、諏訪根自子さんの名が浮かびました。
YouTubeで気軽に録音を聴くことができる前には、そのお名前はゲッペルス宣伝大臣から同盟国である日本の天才少女にストラディヴァリウス製作のヴァイオリンが贈られた、という情報だけ知っていたからです。
上のタイス、1935年ですから15歳!天才と称されるのは当然です。写真で美女と付けられていたのも納得できますね。
ナチの名が出てくると裕福なユダヤ人からの財産没収がすぐに浮かびますね。宝飾品、美術品、ヴァイオリンetc.
この1943年2月に贈られたヴァイオリンがストラディヴァリウスなのかは、もちろんわかりません。また根自子さんはゲッペルスが購入させた楽器と話してますが、本物かどうかとともに、それは不明です。
でもこの録音を聴いたら、それはまだ日本を出る前だったわけですが、こんな演奏をするソリストが存在したことに驚きます。
16歳でベルギーに留学、1938年からパリ、18歳です。翌年にヨーロッパでも大戦が始まるわけですがパリに止まります。ドイツ占領下でも戦闘はなかったし枢軸国日本からでしたから、大変な思いはせずにたくさん吸収できたと想像します。1942年にベルリンへ。パリとベルリンを往復する生活からノルマンディー上陸+パリ陥落とともにベルリンに移り終戦の1945年まで居住、アメリカ経由で帰国なさったそうです。終戦時でも25歳、その若さで大変な経験をなさったんですね。二人の外交官補(在ベルリン日本大使館員と思います)と一緒でよかった。
その後1960年から20年間活動を休止なさったそうですが1980年代には新録音も発表なさり、またコンサートも行ってらっしゃったそうです。
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1942年にベルリンへ、田中路子さんを頼って。田中路子さん=マダム・デ・コーヴァ、1980年に僕がベルリンに来た頃は亡くなった後でしたが話にはよく上ってました。ベルリンでは拙宅と同じ道、同じ湖畔にお住まいだったそうです。
諏訪根自子さんも拙宅前の湖を歩いたかなー?湖畔公園を眺めながら練習してたかもしれません。

しかし、知らないってことは、残念なことがあります。
1980年代なら僕も20代、サロンコンサートはかなり特別な輪だったかもしれませんが90年代にコンサートを聴いた人が少なからずおいでなのです。また、今から7年前まで日本に暮らしておいででした。
そのヴァイオリン、在り処はわかってるそうです。
ストラディヴァリウスかどうか?には興味ありません。
でも15歳でこの演奏をした天才美少女の音を生で聴きたかったな!

こちらは2012年に92歳で他界された後の追悼ラジオ番組です。
活動休止後の録音は他に見つかりませんでしたが1979年の録音、バッハが聴けます。
またベートーヴェンのソナタ「春」も。
ありがたい!

この番組を聴きながら書いてましたが、休止後の録音、60歳前後の演奏のはずですが、やはり素晴らしい!です。
僕が知らなかっただけなんだろうか?
全ての音が柔らかく(時に必要な鋭さはもちろん保って)響いています。



練習の合間に発見。
1944年6月,連合軍がノルマンディに上陸し,ドイツの防衛ラインは完全に崩れた。 敗走するドイツ軍と軌を一にするように,同年8月,パリ解放の13日前に,諏訪はパリからベルリンへの逃避行を敢行することになる。 列車での移動中に何度も空襲を受けたが,1943年にドイツ宣伝相のゲッペルスから贈呈されていた1722年製作のストラディヴァリウスだけは片時も我が身から離さず,命からがらベルリンに入ったという。 すでにその頃のベルリンは連合軍の連日の空襲下にあり,ただでさえ危険な状況であった。 しかしそのような中でも,スイスの日本大使館員のはからいでスイス各地でのリサイタルが企画されると,ベルリンからスイスまで危険を省みずに移動し,リサイタルを敢行。 スイスの各新聞紙上でその演奏を絶賛された。 まさに,「騒然たる時世に刃向うように根自子の音楽への意志は昂揚する」(同書より)のであった。 1945年ベルリン陥落後は,大島駐独大使らと共に連合軍に囚われ,アメリカ本土の収容所に収容された。 そして終戦後の1946年,日本に帰国。 想像を絶する苦難の内に,諏訪の10年にわたるヨーロッパ留学は幕を閉じたのである。

またあらたなヴァイオリンの記述を見つけました。
無量塔蔵六氏の言で、世界に一本しか存在しないと言われてるアントニオの息子オモボノの作品がこのヴァイオリンだと。アントニオは長命だったので存命中は二人の息子の作品(もう一人はジャコモフランチェスコ)はアントニオの作として世に出ました。これは工房製としてよくあることです。で、その認められた唯一が諏訪根自子さんが弾いてた楽器であると、楽器屋の間では割と当たり前の話だと聞かされたそうです。そして楽器はゲッペルスじゃなく近衛秀麿さんから贈られたとも。
物理学者の筆者が調べると田中路子さんの言から(そして実際に写真もある)贈呈式に出席してゲッペルスから贈られたのを見てらっしゃる。となると、その楽器屋さんの間で知られてるオモボロ作説も?であると書いてらっしゃいます。
真偽はわかりませんが、近衛秀麿さんからも贈られていた可能性もありますね。2本持ってらっしゃったか?
1943年に贈呈される前、もし近衛秀麿氏からのもあるとしたら、そのオモボロ・ストラディヴァリウスはどこに?
また、ベルギーに渡る前に録音された美しい演奏は、どの楽器で弾いたんだろう?

ケルンの日本文化会館初代館長夫人で(もう既に演奏活動を休止していた)内田光子さんがショパンコンクール受賞直後でオープニングで演奏なさった、けれど館長夫人が日本人で最初に世界的活躍をした天才ヴァイオリニストとは誰も気づかなかったそうです。ヴァイオリンと一心同体、複雑で、悲しいですね。





諏訪根自子 美貌のヴァイオリニスト その劇的生涯 1920-2012 萩谷由喜子著より
by Toruberlin | 2019-02-03 23:51 | 音楽の話 | Trackback | Comments(0)

メンデルスゾーンコンクール2019

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チェロのグスティ(Prof.Gustav Rivinius)が先週の水曜に連絡くれました。
「メンデルスゾーンコンクールでベルリンに来たんだけど、毎晩遅くまで審査+審査員との付き合いもあり夜が読めないが日曜は受賞コンサートだけだから昼ごはん行かない?」
日曜日はオフでした、そして楽器も弾けない日だから好都合!滞在してたホテルに迎えに行って夕方まで過ごしましたが、それはまた別に書きます。今日は夜のコンサート@コンチェルトハウス。
土曜日の本選はコンチェルトハウス管弦楽団とベルリン芸大のホール(フィルハーモニー完成前はカラヤンとベルリンフィルも弾いていた)でしたが、それは聴きにいけなかった。日曜の夜はグスティが僕らの分もチケットを用意してくれました。家内は残念ながら風邪気味で用心のため自宅待機、土曜の夜は駐車しにくいので公共交通で向かいました。
グスティを知らない人のために、少しだけ。
彼はドイツ人初のチャイコフスキーコンクール1位受賞者です。僕より5つ年下。
1983年に23歳で入団したユンゲドイチェフィル(僕が日本人最初の正団員)で知り合ったコンサートマスター、シギーの弟です。1984年にフランクフルトのTAT劇場で一年間上演したF.フンメル作曲の「青髭公の城」はシギー、グスティと弦楽五重奏での演奏でした。多い時は月に数回、まだ壁があった時代ですからBMWにコントラバス積んで東独を抜けてフランクフルトに通ってました。1年間の仕事+レコード録音もありました。まだグスティは19だったんですが、その数年後にロストロポーヴィチコンクール、そしてすぐにチャイコと続きました。
ベルリンにもよく遊びに来ました。今は閉店した日本レストラン「よしおか」でデュエットコンサートを開いたこともあります。
素晴らしいチェロ弾きなのは言うまでもなく、2013年には二人のキャンセルの後、ダメ元で電話したらヴァカンスでシチリア島の砂浜にいたんですが、予定がバッチリと合って伊達保原と東京でカルテットとデュエットを演奏しました。


今までもDSOでソロ弾いたり、コンサートで来た時には連絡をくれてましたがコンクールの審査員(しかも審査員長)てのは初めて、席も隣で周りは審査員やコンチェルトハウス支配人etc.と真面目に聴かねばならない席でした。
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by Toruberlin | 2019-01-22 23:25 | 音楽の話 | Trackback | Comments(0)

2006年の8月

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懐かしい写真が出てきました。ライティングデスク、しばらく乱雑で使ってなかったのを新年に整理整頓しましたが、その時に。
いま書いてる夏のイタリア日記に出てる、秋には一緒に日本で室内楽シリーズで演奏したヴィオラのカタリーナと初めて一緒にステージに立った日でした。
ベルリン北のリーベンベルク城、ブランデンブルク室内楽音楽祭でした。
2006年の夏だから12年半前、この本番にクリスチャンも来ていて住まいもご近所と分かり付き合いが始まったんでした。
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写真はピアノのK嬢が撮ってくれました。デジタルじゃなく銀塩写真です。
12年前だから僕は46歳になった夏でした。
楽器はスカランペラ、有名な兄弟の先代パオロの作です。チェロはかなり人気で高価なマエストロですがコントラバスは他にあるのか?というくらい希少だとはコレクターの弁です。もしかしたら唯一かもしれません。
先に手に入れてたブサンにソロ弦で、このスカランペラは手に入れてしばらくは室内楽に使っていました。
今は逆、シューベルトのアルペジオーネソナタを弾くキッカケになった楽器です。

前日の日記です。
北ドイツの古城でも後日演奏しました。このお城のオーナーはご自分の夢だったサロンコンサートシリーズ続けておいでかなー?


知り合ったときに弾いた鱒を秋に選んでスカラ座などで忙しいカタリーナのスケジュールも合った、良い縁とはそういうもんですね。
ありがたい。

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by Toruberlin | 2019-01-08 23:32 | 音楽の話 | Trackback | Comments(0)

カトリックのクリスマスミサ

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言うまでもなくキリスト教の二大宗派はカトリックとプロテスタントです。
宣教師を世界中に派遣したのはカトリック(主に)信者開拓(野蛮人に正しい道を示す為に)=植民地開拓でもありました。カトリックの教義はラテン語を解さなければ読めなかった特別な一部の人間のモノでした、だからミサに行かなければならない。それを翻訳したのがルター、タブーを犯しドイツ語に翻訳したわけです。プロテスタントのドイツとイギリス対カトリックの伝統ある強国との対立。十字軍の例を挙げるまでもなく、宗教と軍事、領土拡大は太古から密接な関係にありました。
オスマントルコが大英帝国の奸計で滅亡に導かれ中東が独立し混沌が始まった。独立を多くの族が成したがオイルがあるが為と、そこにまたイスラエルなんてのができて聖地に戻ってきたから、なんとも複雑になり、腫れ物に触るように(また各国の思惑の駆け引きで)今の世の中があり、また今の世の混乱があります。どの神もテロも復讐も争い自体を望まなかっただろうけれど、その宗教を利用しての人間の活動であるから、これはずっと続くのでしょう。
殺すな、犯すな、盗むなetc.野蛮な未開人の時代から平和に繋がるには宗教が果たした役割は大きいですが、でもこれは道徳とも言える。無宗教でもまともな人間が多く生きてる現代は、まさに「道徳」に守られてるともいえますね。もちろんその裏には法律があり罰がある。罰がなくと「お天道さまに恥じない」生き方をしている人が多いことを祈りますが、そうでもないのはご存知の通りですね。
教会、寺社仏閣の多くに心惹かれます。その建物にも芸術にも。それは美しさにもですが、信じた人々が造り、またその時代に惹かれるからと思います。そこにどうして?何故こんな風に?スタイルがあるからこそ建築などに惹かれると考えますが、それには単に目で見て美しいよりも、その時代や宗教の背景を知っているから惹かれ度合いも増すのです。だから興味がないととっかかりがない。キリスト教には音楽が密接に関わっているから、知らないと演奏にも影響する。Witt先生に美術からの音楽アプローチを教わったのは大きかったですし、キリスト教信者じゃないのに敬虔な気持ちになれるは音楽が介してるおかげで、相乗効果をいただいてます。
さて、キリスト教信者の方には上に失礼にあたるくらい、とってもかいつまんで大雑把に書いてしまいました。歴史としては認識して、でもそれは宗教をその時代に信じた人間の歴史で神の意志ではない、と言えます。カトリックとプロテスタントは昔のように対立していないし、歴史としては認識していても、各宗教を親の影響か、または自分で選択して、その宗教の「今」に信者は帰依してるんだと思います。
宗教は人の拠り所。それは日本国憲法で信教の自由が認められてますが(多くの国で。でも多くの国でまた認められてないのも事実です)歴史よりも信じた宗教を自分の拠り所にしてる信者の方が大半でしょう。だから「良いことを広めたい」気持ちから布教も勧誘もする。何でも自分が良いと信じていたら勧めたくなる、身近では食べ物とか旅行先とか、それと同じかとも思います。
信じるが為に殺人も厭わない宗教、これには困りますが「敬虔な」は良いことというイメージがあり、信心の度を越せば現代の法に触れることにもなる。バランス、程ってのが大事なのは、ここでも言うまでもありませんね。
毎週教会に行ってなくても信心が少ないということもないし、逆もまた然りです。その評価は各宗教の勝手です。でも、何か信ずるものがないと、それがあるとないとでは人間の生き方が変わってくるのも確か。宗教となると教義が不可欠ですが、だから信じるものが宗教じゃなくても真っ当に暮らしてる人がたくさん居る、それが日本の特徴かもしれません。いや、日本だけじゃないか、ドイツにも増えてるようにも感じます。
話はキリスト教に戻りますが、カトリックとプロテスタント。音楽家には信者も多いはず。ミサと礼拝、そのどちらにもたくさんの作曲家が作品を残しています。宗教をある程度は理解しないと弾けない、これも事実ですが、ミサや礼拝で演奏する僕らは、それに参加はしていません。もちろん、聖霊降臨、ハレルヤ、グロリアでみなさんが立ち上がるのに一人だけ座ってるのもまたおかしいですが、でもしかし音楽家として教会に居るわけですから、そこに居ない存在と考えるとミサや礼拝の進行で信者と一緒の行動はしないものです。また、信者としてしたければ、それも許される。
多くの作曲家が作品を残したと書きましたがキリスト教がなかったら今のクラシック音楽と言われてるジャンルは存在しなかったでしょう。通わせてもらった小岩幼稚園がプロテスタント教会の付属で聖書にも親しんでいましたからドイツの教会で演奏した時には感動しましたし、今でも信者としてではなく、教会での演奏には特別な感慨があります。
日本ではどうだろう?教会では信者さんが演奏するものなのかな?
ドイツではキリスト教が強大かつ歴史があるから、教会には音楽監督、またはオルガニストという職があり、信者さんを中心に合唱団を持つ教会が多く(指導はその監督かオルガン奏者)宗教音楽のための予算が組まれています。そのメインの財源は宗教税からと思います。
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by Toruberlin | 2018-12-30 19:45 | 音楽の話 | Trackback | Comments(0)

WO Kantate Nr.1-3

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昨晩は満席のポツダムErlöser教会でクリスマスオラトリオ2公演でした。全てが素晴らしい至福の時でした。
時代考証を元に最近盛んなピリオド奏法でのバッハも演奏に依っては共感します。が、ドイツで長年継承されてきたバロック臭すぎない演奏は今を生きてる僕らの証で大事にし守られるべきと思います。60年代くらいまでドイツで普通だったロマンティックなバッハはちと違う。また、ハーノンクールの試みは拒絶するくらい嫌いですが、そこから始まった研究結果のおかげで今があるのも事実です。バッハは特別だがバロックをどう演奏するか?古楽研究を参考にしない愚は避けなければならない。
肝要なバランス、古楽奏法をどのくらい加えてどうとるか?とっても大事なこと+そこが音楽家の愉しみの部分でもあります。
その為に研鑽を積むのです。弾けることは出発地点、たくさんの要素を自分のモノにして豊富なフォルダからバランスを摂ることを愉しむ。それが多く出来た本番は幸せです。
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ベルリンとポツダムを結ぶグリニッカー橋を渡りErlöser教会へ。2001年からだから17年になります。
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by Toruberlin | 2018-12-23 23:46 | 音楽の話 | Trackback | Comments(0)